エピローグの後

昼食後、太陽が西に傾きかけるまで艦上から海をぼーっと眺める。

ナイトハルト・シュトラール、光を取り戻すもの、第零遊撃部隊の創設者・総司令官であり、裏切り者。

私は、かつての部下といっしょにとった写真を見ながら、その男のことを回想する。初対面、司令官に抜擢されたとき、プロイセン貴族の末裔を名乗る金髪碧眼の男は、厳かに簡潔に使命を私に伝えた。

「世界を救うこと」

当時、人生に絶望していた私はその言葉にしがみついた。そのとき以来、私は忠実に任務を果たし、彼の期待にこたえた。

だが、その報酬は苦いものであった。彼が、摩天楼と第零遊撃部隊の機密情報を奪取して逃げた後、生き残った最後の部隊に所属する私とその部下は白い目で見られ、作戦行動時には憲兵隊が艦に乗り込み、我々を監視した。

陸上での生活の酷さは思い出したくもない。そして、最後の戦場に駆り出され、私の部隊は私を除いて全員戦死してしまった。

世界史上から闇に葬られた1935年のトラック事件。私の運命に終止符を打った事件だ。

長期航行訓練を行い横須賀に帰投中だった大日本帝国海軍の最新鋭軽巡洋艦「賀茂」は、不可解なほど強力な嵐に巻きこまれトラック島の北西220kmで沈没。海軍救出隊は「賀茂」の救援信号を受信した後、即座に現場に到着した。

そして、漂流していた乗組員全員を殺害し、事故として内密に処理。国際的どころか国内的な問題にもならなかったそうだ。なぜならば、「賀茂」は実在してはならない艦、つまり時の軍縮条約では保有が認められない艦だったからである。

だが、この事件の生き残りはいた。それが私こと、日本海軍兵科中尉佐東光である。信じがたいごとに私は、事件現場から2日間で100kmも流され、第零遊撃部隊所属の艦に救助されたらしい。

その後、第零遊撃部隊に入隊することになる。人生を奪われ、行き場所をなくした私は第零遊撃部隊に所属する以外の選択肢がなかったのだ。人間は組織に所属しなければ生きていくことはできない。

第零遊撃部隊の所属員は3つに分類できる。

最も多いのは、理想を信じて集まったものたち、大抵はどこかの国の海軍エリートである。彼らは、部隊内部での発言力も高いし、地位も高い。艦の司令官は、大抵この連中から選ばれる。

次に多いのが、理想もなく生きるために集まったものたち。彼らは、第零遊撃部隊内の教育を受けたことによって、なんとか後方勤務ができるぐらいの能力をもっている。当然、艦に配属された場合は下っ端として扱われる。

最後が、さまざまな理由で命を救われたものたちである。迫害されたユダヤ人の科学者、国を追われた日本商人、海難事故で救われたもの、はてには魔女として宗教裁判で火あぶりになりかけたものさえいる。当然、私はここに分類される。

今、私がいるのは第零遊撃部隊が健在だったときに建造された改造軽巡洋艦の艦橋である。一応は輸送船を装っているが、12.7cm砲4基、魚雷発射管2基を搭載している。最大速度は35.5ktである。

この艦には思い入れがある。四国沖で私は、かつて所属していた日本海軍の超兵器「荒覇吐」を戦い、これを撃沈した。この功績により、第零遊撃部隊の最新鋭重巡洋艦「コンスル」を与えられた。そして・・・

とそのとき、中佐という耳に心地よく、透き通った、非常に印象が残る声を背後から聞いた。

「ミティか」

私は振り返りながら声に出して、声の人物を確認する。確認しなければならないほど、声の主の姿は儚げだった。すっぽりと黒の外套にくるまれた体から見える白く透き通った華奢な体、白い髪、薄い碧の眼、そしてその顔。

外見は儚げな少女であるミティは、実はジプシーの魔術師だという。10代にして、ある魔術士の秘密結社の師を務めているそうだ。その組織は、第零遊撃部隊の仮想上位組織「Ω」の有力な一組織だそうだ。

最初に紹介されたときは、何かの冗談だと思ったが、1週間前にムーの遺跡で見た彼女の力は、日本で会ったいんちき霊能力者とは段違いであり、私は人生で2度目の畏怖を感じた。

「長い間海を眺めていらっしゃいましたが、何をお考えでしたか?」

何気ない問いかけに、「遺跡のことを」と苦い口調で返答した。


前へ 次へ