砲撃

「サー。探索隊からの救援信号が入っています。」

20代のインド人秘書の報告に

「そうか」

と軽くうなづいた。彼、ゴードン英国海軍少尉は、つい2年前まで将来を目された人物であった。しかし、不運なめぐり合わせによりチュランヌスの艦長として大英帝国の期待を一身に背負いながら、第零遊撃部隊と戦いそしてあっさりと敗北した。おめおめ生き残った彼のポストは、コロンボ支部への移転。つまり、インド方面への左遷であった。

「救援ということは、奴らは遺跡を発見できなかったということだな。精鋭部隊とは言え、海外での活動能力は低いということか。くくく」

人一倍誇り高い彼は悶々とした日々をすごしていたが、生来の精力的な活動と元海軍中将という地位を生かして四方八方へ情報アンテナを張り巡らし、ついにインドの遺跡の情報を得ることができた。その間の活動はまさに超人的、非人間的というものであり、紳士であったゴードンの精神構造をすっかり変えていた。

「はい。8千の軍のうちすでに2千の死傷者が出ております。4千の兵も探索に赴いたまま帰還しておらず、現地司令官は驚愕しているようです。」

「そうか。そうか。で、救援の内容は。んん、どうせ泣き言であろう。」

「本艦の主砲斉射を求めております。場所は、インド南部海岸から200キロの地点です。遺跡の力の粉砕を求むとのことです。」

「ふん、最初からそうすればよかったものを。わざわざ苦労を重ねるとは暇な連中だ。よかろう、1時間後に奴らが求めた場所へ砲弾の雨を降らせてやれ。この距離だ、固定地点とはいえピンポイント攻撃は不可能だからな。贅沢は言わせるな、数百の死者が出てもかまわんだろうよ。その辺はきちんと念を押しておけ」

そう答えながら、ゴードンは自分が乗っている軍艦を眺める。約12万トン、主砲4連装56.0cm砲を5基搭載したフランス海軍最初の超兵器「ランペルール」は、他の列強が建造した超兵器より一回り、ゴードンがかつて指揮したチュランヌスより2回りも小さかった。とはいえ、第零遊撃部隊および主要4カ国の超兵器が壊滅した現在、世界最大最強の軍艦であることに違いはなかった。

その軍艦がヨーロッパから遠く離れたインド洋に遠征しているのは、オリジナル奪取作戦に必要というわけではなかった。主な目的は、先の大海戦により疲弊した英国植民地防衛である。アジア、インド、アフリカ植民地反乱の芽を摘むためにインド洋はちょうどよい場所であると、英仏首脳が判断したからだ。

「了解しました。サー。また先ほど、本国のチャーチル閣下からの電報がありました。」

「閣下はなんと言ってきている。」

「勝利を」

1914年からの世界大戦で投入した超弩級戦艦への有用性への疑問はイギリス海軍内で大きかった。かつては軍艦1隻あれば、野蛮国はひれ伏したものであるが、世界大戦における野蛮な敵国であるトルコにはなんら影響を及ぼさなかった。ガリポリの悲劇がそれを証明している。また、ドイツ第2帝国との間で行われた海軍の戦いでもジェットランド沖海戦を除いて大した役に立たなかった。海外に植民地を大して持たず依存していなかったドイツ第2帝国にとって、大英帝国大艦隊は陸上の脅威の1万分の1程度しかなかったであろう。それに戦争の疲弊が重なり、あの歴史的(一部の英国人には屈辱的)なワシントン条約の戦艦比率につながったのだ。

大英帝国が1938年の超兵器構想に乗ったのは、超兵器を保有することで再び世界最大の海上帝国に返り咲くだけではなく、植民地の原住民を超兵器の威光によりひれ伏させるという帝国としての本能があったからだ。

「勝利か。いかなる対価を払っても勝利を(ヴィクトリー・アット・オール・コスト)か。ふん、相変わらず夢想主義者だことだ。」

大海戦におけるチャーチル首相兼海相の勝利への闘いは、最悪の結末を、つまり550億ポンドの債務を英国にもたらした。責任を取らされたとはいえ、現在は植民相の地位にしがみついている。己の結末と比較するとゴードンは心の奥から湧き上がってくる怒りを抑えるので一杯になる。その相手が今の自分の上司であるからなおさらだ。

「閣下の期待には身命に変えても答えると返信しておけ。また、ランペルールがインド洋にいることでインド独立軍やイスラム諸国、アジア諸国は震え上がっているともな。」

「かしこまりました。サー。では、1時間後準備が整いましたら、お知らせに参ります。」

そうして彼女は下がっていった。

彼女は魔術士であった。その称号からわかるように師に従事する見習いでしかない。彼女らの階級社会は前近代的に厳く、師の許可無く不要な行動をとることはできない。彼女の役割はあくまでゴードンの秘書であった。それ以外の仕事をゴードンは頼むことはできないし、無理強いをすれば彼女の師の権威を著しく傷つけてしまうだろう。それはこの2年間の間に学んだことだった。チュランヌス時代には考えられないゴードンの権威の低下であった。

だが、必ず這い上がってみせる。それがゴードンの意思であった。3日前にインド洋で交戦した日本重巡洋艦乗組員は役に立つであろう。だからこそ保護したのだ。彼らと手を組み支援する。そして自分の手先として操るのだ。

「彼らに会いに行くとするか。」

・・・

インドの山奥に砲弾の雨が降り注ぐ。魔法で強化された砲弾は、通常弾よりはるかに凶悪な殺傷力を持っていた。本来ならば魔術師でなければわからない道がある魔法の森を、森の力を力ずくで打ち破っていた。ミティ達に続き、英仏連合軍にも遺跡への道が開いたのだ。


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