ある海戦

1942年8月4日 9時 大西洋洋上
天候が酷く悪い中2隻の戦艦が戦闘を行っていた。距離は3万メートル。戦艦同士の戦闘にはもってこいの状況だ。
交戦開始からすでに2時間が経過しており、黒い戦艦の不利は明らかであった。
「副長、主砲の攻撃が直接防御されています。我が艦の武装では太刀打ちできません。」
「56.0cm砲の弾丸を弾いているだと、そんなばかな。砲術長報告せよ。」
「副長に報告したとおりです。主砲命中率は高く命中のたびに敵艦は煙を吐いているのですが、攻撃力が落ちたようには見えません。」
「く、敵の攻撃状況はどうだ」
「ミサイルによる攻撃が主です。ですがときおり、ものすごい運動エネルギーを持った弾が飛んできています。おそらく80cm砲の攻撃かと」
「そんなばかな、世界最大の主砲は56.0cm砲のはずだ!!常識、、、うわ」

1942年8月4日 19時 大西洋洋上
「なぜだ、なぜだ、主よ私が何をした!?」
副隊長ビューロー海軍中佐は泣き叫ぶ。なきながら、3日前の大海戦で出会った1隻の軍艦を思い浮かべていた。
3日前の軍艦の能力は恐ろしく、超兵器と呼ばれた艦を含む味方の大艦隊を次々と撃沈し、北へと去った。その脅威から逃げ出し、命の大切さと主の恩恵を感じていたとき、新たな艦が攻撃を仕掛けてきたのだ。
9時間前は辛くも逃げ出せたが、ダメージを受けた船体では最高速度35ktで進むには問題があった。乗員は減っていき、じりじりと速度が低下していく。速度が28ktに低下したころ、突然攻撃を受け、1番砲塔が大破した。
ダメージを受けたことよりも、敵艦が幽霊のように現れたことにビューローは恐怖した。最新最鋭の電波探信儀Ⅸに移らない敵艦。時々飛んでくる高速運動エネルギー。いずれも常識はずれだ。
「主砲連射。ミサイル10発発射せよ」
「りょ、了解。砲術長主砲連射、ミサイル10射出せよ」
「その結果は無残なものになるか」
それまで黙っていた艦長が呟く。
「お言葉ですが、ここで負けるわけにはいかないのです、復活を待ち焦がれている艦長のお父上や我が同志のためにも」
「ふう・・・であろうな。ビューローよ。世界は我々の完全統治を望んでいる。そしてわれ等にもその力はあった。」
「・・・」
「あったのだ!!確かに3日前までにはだ!!! 1隻の超兵器、6隻の戦艦、1隻の大型空母、巡洋艦は30隻、駆逐艦は22隻からなる大艦隊がだ。だが、だが、1隻の軍艦にたった2時間の戦闘でこれらはすべて打ち砕かれた。傷一つ無い水晶球を叩き落とすようにな!!」
「惨めにも敗走する際にさらにこのような難事に会おうとは。奴らはまさに化け物だ・・・」
「すべては終わった。後はアメリカの天下であろう。帝国は没落するか」
その言葉を引き取るものはもはやいなかった。

1942年8月4日 19時30分 大西洋洋上
3時間の砲撃戦により艦の戦闘力は30%も低下している。そして先ほど主砲の1番砲塔が大破。戦闘力はさらに低下した。
突然、ずんという音とともに艦が大きく揺れる。今まで受けた攻撃の中で最悪の命中弾であろうか。艦橋の被害はすごいものであった。即死10人はくだらないだろう。
「艦の被害状況は?」
「・・・3番砲塔大破。ダメージ蓄積率70%を突破。グリーンからイエローラインに変化しています。」
「専任艦付魔術師全滅。ダメージシステムの凍結が解除されました。これより魔術防御から通常防御に移行」
一歩、一歩、敗北が近づいている。
「艦長殿下、もはやこの艦の命運は尽きたようです。退避を」
自分の言葉の無意味さを知りながらも主君に対して忠誠の言葉を吐く。どこにも逃げ場はない。どこにもだ。
「酸素魚雷を全基連続発射せよ。帝国の力を見せてやるのだ」
部下の言葉の意味もその無意味さも無視した上で、彼、ヴィルヘルム三世は命令する。
だが、どちらの命令も文字通り無意味であった。主砲の2番砲塔からの攻撃は攻撃開始直後に被弾大破。ミサイル、酸素魚雷は連続攻撃したものの、艦から100メートル離れただけで、その存在がなかったかのように思えてしまうのだ。実際には敵艦に向っているはずなのだが、この尋常ならざる海ではそれも怪しい。ビューロー以下クルーはここが通常の海でないことを感じ取っていた。
彼らは敗北し、ヴィルヘルムの宿願である帝国復活はまもなく潰えるのだ。
「帝国は没するか」
その言葉を聞くものはもはや生存していなかった。

1942年8月4日 19時30分 大西洋洋上
一等機関士ジャンは、艦の応急手当てを行っていた。
9時間前の戦闘で被ったダメージは大きく、早急にドックに入らなければこの船は沈む。
沈ませないことを一心に祈りながら、作業を黙々と行っている。
「主よ、私の献身はまだ足りないのでしょうか?」
この窮地に陥ったのは大勢の人を殺めたからではなく、あくまで主への献身が足りず恩恵が受けられなかったからだ。とジャンは信じている。だから、ジャンの周りにある死体の山も気にならない。彼が築いた山もあれば、9時間前の戦闘時で死亡したものたちを集めた山もある。
9時間の作業の中で気が狂いジャンたちに襲い掛かってきたものをジャンは容赦なく殺害している。
「はあ、はあ、はあ、・・・い、痛い」
ぐちゃぐちゃになった艦の鉄に頬があたり、切れてしまい、血が出たようだ。
血が赤くなった鋼鉄に滴る。
・・・
血は鋼鉄に吸い取られ、跡形も無くなった。
「気のせいだ、気のせいだ、鉄が血を吸っているなんて、ははは」
狂気の現実に捕らわれたジャンは、その状況を見なかったことにして、作業を再開した。
血が落ちた箇所の赤い鋼鉄は、わずかながら黄色に回復していた。かつて敵に恐れられたその能力を発揮したのだ。鉄血戦艦として恐れられた力を・・・

1942年8月4日 19時33分 大西洋洋上
阿鼻叫喚に包まれている艦に対し、止めとばかりに高速運動エネルギーが連続で発射された。高速弾丸は1分もしないうちに、ヴィルヘルムの艦に直撃する。ダメージ蓄積率100%を超えた艦は赤く光ると、一瞬赤と青の不気味な玉模様に明滅し、その後黒い船体の真ん中が割れ、その船体は海へと沈んでいった。

・・・

これがマレ・ブラッタ3番艦と呼称された超兵器の最後であった。

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